Apolo Anton Ohno



 Apolo Anton Ohno and LandRoller 繰り上げ優勝したオーノは今でも現役、トリノでも優勝候補の1人だそうですが、最近は「LandRoller」のキャラクターとして話題に成ったくらいしか覚えてませんでした。

Apolo Anton Ohno : Official Website
Inline Skating Notebook : LandRoller
 Apolo Anton Ohno BIO

トリノオリンピックの活躍を記念して、パッケージにデザインされました。
Wheaties honors Olympic Champion APOLO ANTON OHNO!
 Skating the Infobahn : Skatecity.com (New York) "Every young athlete strives to one day see himself on the Wheaties box," Ohno said. "For me, this proves that all of the hard work and training has paid off. I remember reading the stories of the great American champions who were on the box when I was growing up, and now it's very gratifying for me to be a part of that same Wheaties tradition."
"American sports fans witnessed many compelling performances over the past two weeks, but Apolo and Joey really distinguished themselves with their outstanding efforts," said Wheaties Marketing Manager Eric Treschuk.
"All of our athletes performed well, and we applaud their efforts," Treschuk said. "At the same time, we feel Apolo and Joey represent the very best of the championship ideals that have made Wheaties 'The Breakfast of Champions' for 80 years. Their passion, commitment and conduct have inspired us all."

Ohnozone.net (Mar. 1, 2006)
今週から朝日新聞の夕刊で、来年開催されるトリノ冬季オリンピックを睨み、2002年のソルトレイクで活躍した人のその後を追った「冬季五輪あとさき」の連載が始まりました。昨日は1000mショートトラック決勝で先頭の4人が転倒して優勝した「スティーブン・ブラッドバリー」、今日は1500mショートトラック決勝で優勝しながらアメリカのクレームで失格した金東聖と繰り上げ優勝したオーノの話でした。どちらも、ナカナカ面白い記事です。これからも、まだ、つづくと思いますので見てください。
冬季五輪あとさき・・・金東聖(韓国)とオーノ(米)
ショートトラック男子1500メートル決勝
 金東聖と地元米国のオーノとの一騎打ち。先頭でゴールした金東聖だが、残り1周のカーブで進路妨害されたとのオーノのアピールがあり、失格。金メダルはオーノの手に渡った。
「幻の金」 国民感情に影
 ソウル市郊外の小さなスケート場。小学生から中学生まで7人の子どもたちがショートトラックの練習をしていた。
 「腰を落として」「もっと手を動かして」。大きな声を響かせていたのが、金東聖(25歳)だった。
 スケートという競技の枠を越えた国民的英雄だった。今年2月、ソウルであった全国冬季体育祭典を最後に現役を引退した。500メートル3位。それが最後の記録になった。「2周目までは先頭だったけどね。後は言えない」と笑った。
 先頭でゴールしながら失格になり、金メダルが幻に終わったソルトレイク五輪。直後の世界選手権で4種目完全優勝を果たした後は、国際舞台から姿を消した。
 傷めていた右ひざは限界だった。1000メートルで金メダルを獲得した長野五輪後にメスを入れた。その後も2度、手術した。03年には1年間、競技を離れ、テレビ番組のアシスタントをするなど、芸能活動もした。だが「口下手だから自分に合わない」。その後、トリノを目指しリハビリに励んだが、結果は思わしくなかった。軟骨がはがれている右ひざは、動かすとガリガリというおとがする。昨年8月、大学生の呉有鎮さん(オユジン)(23)との結婚を機に引退の意思を固めた。
 金東聖にとって、ソルトレイクは最悪の思い出として残る。「審判の失格判定は間違っている。選手にとってメダルが一番大事なのに、ソルトレイクのメダルを取り戻すことが出来ないのが一番残念だ」

金メダルを獲得したアポロ・アントン・オーノ(23)は米国・コロラドスプリングスのリンクで滑り込んでいた。ソルトレイク後も世界のトップ選手として活躍を続けている。
 反米感情と相まって韓国民の憎まれ役に。今でも米国チームに対して脅迫のEメールが届くという。五輪後、韓国から招待試合の誘いが2、3度あったが、チームから安全の保証が出来ないと言われ、出場を取りやめた。
 「自分は韓国の友達もいるし、韓国料理も好き。スンドゥプ(豆腐の豆スープ)とかね。でも、向うは忘れようとしない。終わったことだと思っているのに残念だ」。快活なオーノの表情が一瞬、曇った。

金東聖は来年3月、韓国を離れる。行く先はオーノのいる米国。10年間考えている。「10年あれば韓国でもいい選手を育てられるのは間違いない。でも、自分の為にはならない。まずは英語。そして経営などを勉強、韓国に戻ってスケート場を開きたい」
 韓国内での批判も予想される。それでも、金東聖は言い切った。「僕は反米感情は持っていない」
 トリノ五輪。金東聖はテレビ解説者として参加し、オーノは優勝候補の筆頭と目される。
 「オーノのレースだろうと意識しない。彼の長所は話せるし、冷静に解説が出来る」と金東聖。
 オーノは「金メダルは一つじゃなくてもっと欲しい。でも、何が起きるかわからないのがショートラック」
 ソルトレイクの影を引きずる2人が、4年の時を経て再び交錯する。
朝日新聞 朝刊 3面 (Sep. 8, 2005)
冬季五輪あとさき・・・ブラッドバリー(豪)
ショートトラック男子1000メートル決勝 五人で争われ、本命は地元米国のアポロ・アントン・オーノ。だが、最終コーナーで先頭集団の4人が交錯して次々に転倒。そのうしろを滑っていたブラッドバリーが優勝をさらった。この日のブラッドバリーは幸運続き。準決勝は4位でゴールしながら失格選手が出て繰り上がりで準決勝へ。その準決勝でもゴール直前で先行の2人が転倒するなどして1位に。優勝記者会見で「神はいつかほほえむもの。それがきょうだった」とはなした。
「世界一ラッキー」で多忙
 「ブラッドバリーであること。それ自体が、ビジネスなんだ」。豪州・ブリスベンで暮らす「世界で最もラッキーな男」はそう胸を張った。
 スティーブン・ブラッドバリー(31)。ソルトレーク五輪のショートトラック男子1000メートルで誕生した南半球初の金メダリストだ。
 02年2月16日の夜。最後尾を滑っていたはずが、一転、頂点に。その1分30秒足らずの幸運なレースが、五輪後、消防士になることを考えていた彼の人生を大きく変えた。
 「全世界の人が僕の顔を知っている。会いたいっていう人が殺到して、プライベートな時間をつぶしたけれど、楽しかったよ」
 五輪後の1年間で、123回、国内線に乗った。下着を洗濯する暇もなく、スーパーでたくさんの下着を抱えていたら、若い女の子にサインを求められて床にばらまいてしまったこともあった。
 一番変わったのが、金銭面だ。「現役時代、スケートでの収入はなかった。今は退職金をもらっている気分だね」
 ソルトレーク五輪シーズンは政府からの強化費も打ち切られていた。友人と興したスケート製造会社からの収入はあったが、移動用の車の修理費1千豪ドル(約6万円)すら、父親から借りなくてはならなかった。
 それが五輪後、地元のカジノやビール会社、コンピューター関連メーカーなど、最も多い時で4,5社がスポンサーについた。金額は明かさなかったが、ブリスベン郊外に2エーカー(約8100平方メートル)の土地つきの家を借金なしで購入出来るほどの収入を得ていたという。

 「スティーブン・ブラッドバリー有限会社」社長、司会者、国立冬季スポーツ研究所理事、ショートトラック豪州代表アシスタントコーチ・・・・・。テレビの芸能人勝ち抜きダンス大会に出演し、この4月には友人の会社の製品を売り込むため、日本に行った。「今の自分の仕事? 説明するのが難しい」
 最も力を入れているのが、やる気を高める派遣講師の仕事だ。企業などの依頼を受けて8月は19都市をまわった。「ハードワークが、運をもたらすってことを、ビジネスの場に重ねて話すんだ。結構人気があるよ」
 ソルトレークは4度目の五輪だった。「多くの選手にとって夢を実現する場でもあり、敗れ去る場でもある。僕にとっては、最後に幸せをもたらしてくれた。それも12年間、苦しいトレーニングをしてきたからなんだ」

10月26日、地元紙のスポーツ記者と共著を出版する。4ヶ月間をかけて執筆した本の題名は「The Last Man Standig(最後に立っていた男」」。日本での販売も検討中だ。
 来年、テレビ局のコメンテーターとしてトリノに乗り込む。「世界で最もラッキーな男」としての忙しさは、まだ続く。
朝日新聞 朝刊 4面 (Sep. 7, 2005)
【トリノ五輪】オーノ、またもや韓国の前に立ちはだかるか
アポロ・アントン・オーノ(米国)を超えろ。
 韓国男子ショートトラックがトリノ冬季オリンピックで4年前の「ノーゴールド」の無念を晴らすためには、まずオーノに勝たなければならない。オーノは2002年、ソルトレークシティー大会で金メダルと銅メダルを1個づつ獲得した。男子1000メートル決勝では現在韓国のエースである安賢洙(アン・ヒョンス/韓国体育大)と接触して転倒した後、銅メダルを手にし、1500メートル決勝ではあの有名な「ハリウッド・アクション」事件で金東聖(キム・ドンソン)を失格させ金メダルを獲得した。このためオーノは韓国人には「公共の敵」との烙印を押されている。

 ショートトラックという種目の特性上、誰が反則したか、審判の判定は公正だったかに関しては、見る角度によって異なることは避けられない。韓国チームとしては、今回トリノで繰り広げられるメダルレースに集中することが第一だ。トリノ五輪のインターネットホームページは最近オーノを「韓国などの強豪らが牽制する唯一の選手」と高く評価した。正しい評価だ。

 オーノは1998年から米国の「泰陵選手村」にあたるコロラドスプリングスでトレーニングを積んだ。選手村の「最長居住者」だ。2002年の大会以降、アカデミー映画授賞式のパティーやトークショーに招待され、ピープル誌が選ぶ「世界でもっとも美しい50人」に入り一躍有名人となったが、心の緩みはなかった。同僚選手と狭い部屋をいっしょに使い、私生活はほとんど放棄しながらスケートにだけ専念して、世界のトップの座に留まっている。大韓氷上連盟の関係者が「本当に模範的な選手だ。オーノに対する偏見は誤り」と認めるほどだ。

 オーノには韓国選手らの特性をよく知っているという、もう一つの強みがある。韓国代表チーム、常備軍のコーチを務めた後、オーストラリアを経て米国代表チームのコーチに変身したチャン・クォンオク(米国名:ジミー・チャン)氏から指導を受けていて、2年前から米国代表として活躍しているキム・ヒョジョンとともに銀盤を駆けてきた。

 韓国チームにもオーノに対抗できるカードは十分だ。今シーズン総合ランキング1位の安賢洙をはじめ、イ・ホソク(慶熙大)やソン・ソグ(全羅北道庁)など粒よりのメンバーがそろっているため、韓国選手同士の過熱競争さえなければ、そう易々とは崩れない。代表チームが組織委から他の国より2倍近いトレーニング時間を割り当ててもらった点も、メダル獲得の期待が高まる好材料になっている。韓国は大会期間を含め、レースが繰り広げられるパラベーラリンクだけでも、これから8回ほどコンディションをチェックする予定だが、金メダル3個がかかった25日(韓国時間)には当日の午前中まで最後の調整が可能だ。歴代冬季オリンピックを通じて、トレーニング条件にもっとも恵まれている。韓国の最初の試験舞台は男子1500メートルレースが行われる12日。出だしが重要だ。

朝鮮日報 (Feb. 9, 2006)

United States vs. South Korea
How a short-track race triggered a long-distance rivalry
By any measure, the men’s short track events at the 2002 Salt Lake Games were bizarre and unpredictable, particularly when American Apolo Anton Ohno was involved. In the men’s 1000m final, Ohno was part of a four-way crash on the last straightaway that wiped out the leaders and allowed Australian Steven Bradbury -- who was so far behind that he avoided his sprawling foes -- to become his country’s first Winter Olympic champion. In a frantic scramble, Ohno lunged across the finish line to take silver. Jung Yeon-Je/AFP/Getty Images
South Korean Ahn Hyun-Soo (right) is American Apolo Anton Ohno's main rival in Torino.
But no race had a more far-reaching impact than the men’s 1500m final. Late in the final lap, with South Korean star Kim Dong-Sung holding a slight lead on Ohno, the American saw an opening and tried to surge past Kim on the inside. But when the gap closed, Ohno threw up his hands to indicate he felt Kim had illegally cut him off. At the finish line, it was Kim crossing in first, Ohno second.
Before the skaters could leave the ice, though, the judges huddled to discuss whether Kim had interfered with Ohno. The crowd at the Salt Lake Ice Center, which had booed the initial result, went quiet with expectation before the announcement finally came -- Kim had been disqualified. Ohno kissed the ice; Kim threw down his country’s flag in frustration and disbelief.
Four years later, South Korean short track skaters are finally celebrating
This time there was no denying the South Koreans.

World record holder Ahn Hyun-soo skated a brilliant tactical race and Lee Ho-suk followed in his wake across the line for a Korean double in the 1,500 meters, an event they lost because of a controversial disqualification four years ago. China's Li JiaJun earned bronze.

Apolo Anton Ohno of the United States, who eventually was given gold four years ago, failed to make the final this time. The defending champion fell with 1施laps to go in a semifinal heat and wound up last across the line among those still skating.
 Apolo Anton Ohno
"It is a shame. All the Koreans were obviously expecting a race between myself and Ohno," Ahn said. "So in that sense I'm disappointed for the Koreans. They were waiting for the final showdown."

Four years ago, Kim Dong-sung already had the Korean flag in his hands to celebrate gold when he heard the announcement of his DQ, a decision which caused outrage in his home country.

It made Ohno extremely unpopular in fiercely patriotic South Korea and saw him sit out a 2003 meet there after he received death threats via e-mail.

The American said nothing that happened Sunday could change the past.

"I still feel like I'm a great skater and Olympic champion," he said. "But today wasn't my day to win. I've said many times in the past short track is a sport where any given Sunday, anybody can win."

On Sunday, there was a happy ending for the South Koreans with no less than two national flags carried around the Palavela hall.

Known for his cunning tactics, Ahn confidently hung back at the end of the pack while the Chinese were setting the pace. As if on command, he surged through the half dozen riders with four laps to go and weaved his way into second place behind Lee with one lap to go. He nipped him at the line for the gold.

He finished in 2 minutes 25.341 seconds, almost 15 seconds off his world record.

Once he knew he had won, he closed his eyes in disbelief and coasted across the track while the crowd cheered him.

Ahn would have loved to have had Ohno in the race. "I was a bit disappointed I couldn't race against Ohno. But there are lots of other talented athletes and I did what I had to do," he said.

Ohno swept through his first heat and was in good position to get to the final for another showdown with the Koreans when made a mistake. He got in too close behind China's Li Ye. He lost his balance and desperately stuck down his left hand in an attempt to stay up, sending a black lane marker flying off toward the padded walls. The 23-year-old American never went down but it meant the end of his challenge. (AP)
 Apolo Anton Ohno
Apolo Anton Ohno from the U.S. reacts after slipping during the men's 1500 meters Short Track Speed Skating semi-final at the Torino 2006 Winter Olympic Games in Turin, Italy February 12, 2006. Ohno did not qualify for the final. (REUTERS)

この記事へのコメント